かれこれ10年前ほどになるだろうか。私はそれなりに上手に登れると思っていた。無我夢中で難しい課題へのトライを毎日毎日続けていた。ある日難しい課題の前で、持てない、弱い、と嘆く私に「弱いんじゃない、下手だから持てないんだ」。「ちゃんと、良い登りをしろよ」。と言ったのが室岡照吾氏であり、その日から私の長い試行錯誤の日々が始まることになった。
思い返すと、「腕は伸ばすんじゃない、曲げるんだ。曲げることで体がより安定する。足がより動く、自由度が増える。力が出る。」そう言いながら、具体的な例をあげて説明する室岡氏の姿が、今でも鮮明に思い出される。
多くの疑問を追求する日々が始まった。良い登りとは何か。上手いとは何か。強いとは何か。力をロスしない、効率的で高出力な登りとは。試行錯誤の最初の1年間は、むしろ下手になった。しかし今までの体に染み付いた登り方を変える試みは、ストレスよりも変化を感じる楽しさしか覚えていないのは不思議だ。
私にとってのトリガーポイントは足の出力の方向だった。あれは、全てが繋がり、疑問が解消された瞬間だった。良い登りとは何か。強いとは何か。自分の動きが劇的に変わり、成果が出始める。そして、疑問の解消は、新たな疑問を呼び、私は今までこの終わりのない疑問の渦に身を浸し続けている。
室岡照吾氏は、4年前に八王子市にRock Beansというジムをオープンし、ジムの常連へのインストラクションに注力されていて、その中でも「良い登り」に不可欠な基礎トレーニングを中心として「基礎とは何か」、「強く・上手くなるとはどういうことか」という一つの疑問に対して、座学とサーキットトレーニング、ケアの3つのプロセスで、インストラクションを行うイベント「部活道」を時折開催している。「部活道」にはサポート講師として何度かお手伝いさせていただいた。講師側ではあるのだが、生徒と一緒に私まで勉強になることばかりであったことはここだけの秘密だ。
部活道含め、氏のインストラクションは悩めるクライマーにはまさに目から鱗。私が5年かかって悩み続けた内容が1日で解決してしまう。もちろん、疑問の答えがもらえればOKではない。長い時間をかけて自分と向き合い、良い登りを突き詰めていくしか道はない。
だからこそ、氏の答えは常に「基礎練」の中にある。基礎練の大切さとその方法。それこそが上達への近道であることは、世界中の誰もが知っていることだろうと思う。しかし、ことクライミングの世界では、果たしてそれを実践している人、身を以て表現できる人、明確な道筋を示せる人がどれほどいるだろうか。
私は、そんな氏のインストラクションを日本中、いや世界に向けてシェアしたかった。幾度もの嘆願と相談の上、詳細や解説を伏せるという条件で「部活道」の映像を作ることの許可をもらい、ROLLFILMの協力の元、こうして一つの映像が完成した。
今回の映像は、「部活道」のスペシャルバージョン、ユースのトップクライマーとの講習イベントのダイジェストである。1日の講習会の始まりから終わりまで、ダイジェストで紹介されているだけではあるが、具体的な話がなくとも、ここには多くのヒントが詰まっていると思う。それらのヒントは、ひとつ解消されると次から次へと繋がり、新しいクライミングの世界が広がる可能性を秘めている。
ただ楽しければオッケーという人には興味を引かないだろうし、むしろ嫌気がさすこともあるだろう。
しかし、私のように、突き詰めることが楽しい、その変化によって成果が出ることが楽しいと思う人に、さらなるディープな体との遊びと探求の世界に浸るきっかけとなってくれればと、切に願う。
私は室岡照吾というクライマーに会えて、全てが変わり、全てが進化した。言い過ぎかと思われるだろうが、クライミングという運動はもちろん、考え方から努力の仕方、さらには生きることの術まで、氏の影響が多くあると思われてしようがないのである。そして今なお、私の越えられない大きな大きな壁でもある。コミュニケーション、ルートセット、インストラクション。その全てにおいて、彼の背中は常に雲に隠れて、遠い。
東京粉末 山本充男
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